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simplicity 緒方慎一郎
Yuji Ono

シンプリシティの緒方慎一郎が語る、空間哲学

八雲茶寮やHIGASHIYAなど話題の店舗を手掛ける緒方の考える日本文化とは?

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受け継がれてきた日本の美意識を、今にふさわしいデザインに翻訳し、未来へ手渡す。この四半世紀で日本や海外でインテリアが衆目を集めてきた、緒方慎一郎の空間哲学を聞いた。「エル・デコ」2025年8月号より。

伝統を再解釈して暮らしの様式を創造していく

simplicity 緒方慎一郎
Yuji Ono

長い年月をかけて培われた日本の伝統文化は、確かさと美しさを兼ね備えた唯一無二のもの。しかし、大切に守りすぎるがあまり時代と逆行し、孤立してはいないだろうか。「日本の伝統工芸は守りすぎるが故に後世へ伝わらず途絶えていっているという現状がある。日本文化を守り継承するためには、伝統を再解釈し、時代に合わせた暮らしの様式を創造していくことが必要だと考えています」

シンプリシティの緒方慎一郎はキャリアの初期から、デザインを通じて日本文化を現代にふさわしいかたちで革新し、様式を創造することを自身の役割と信じて活動を続けてきた。その気付きを与えてくれたのは1990年代初頭に訪れたニューヨークだったと回想する。

<写真>OGATA Paris
パリのマレ地区に2020年にオープンした「オガタ パリ」。レストラン、茶房、バー、ショップ、ギャラリーからなる複合店。17世紀の建物の趣を残しつつ、手水鉢や漆喰壁などフランスの歴史や伝統と日本の美意識を融合させた。

海外を旅して気付いた日本を表現することの大切さ

simplicity 緒方慎一郎
Kunihiko Nobusawa

「20代の頃、海外のデザインに憧れていたので、最先端のショップやレストランがどんなものか、自分の目で確かめたくて頻繁に訪れていました。最初こそ感動していましたが、次第に海外のデザインや美術に影響を与えた日本文化の存在に気付き、日本を表現することを生涯の仕事にしたいと思うようになりました」

この思いを胸に準備を始め、1998年に東京・中目黒にオープンしたのが「HIGASHI-YAMATokyo」だ。しかし、デザイナーとして企画・設計するだけでなく、自らオーナーとしてスタートした理
由とは。なぜレストランという形態だったのか?

「レストランに必要なのは、食事や飲み物だけではない。器や調理道具、テーブル、椅子、インテリア、サービスまでを総合的に整えなければいけません。通常は建築、インテリア、グラフィック、スタイリング、料理を各分野の専門家が手掛けますが、私は全てのクリエイションを一貫して行っています。人間にとって食べることは不可欠なことです。そして食の場には人々が集い、文化が育まれていきます。食を出発点としたのは、文化創造を目指す上で最も重要だと考えたためです」

<写真>HIGASHI-YAMA Tokyo
街の喧騒から離れ、穏やかな気持ちで食を堪能するために、客の目線や料理人の動きを意識して細やかに空間を設計した。東京、中目黒にある傾斜地という立地を活用し、上下階で印象をたがえる複数の部屋が用意されている。

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必要なのは、教育 反復して学び続けられる環境  

simplicity 緒方慎一郎
Kunihiko Nobusawa

その後、和菓子や日本茶、工芸の革新を続けフランスに「オガタ パリ(OGATA Paris)」をオープン。どのプロジェクトにおいても古来のものを単に再現するのではなく、日本ならではの感覚や振る舞いをいかに時代に沿ったものにアップデートできるかに挑んできた。緒方流の日本的な表現とはどういうものなのか。

「陶芸も茶も大陸から伝わったもので日本由来のものではありません。しかし、茶の湯を総合芸術にまで昇華させた千利休のように、伝統を再編集して洗練させ、新たに創造していく手法こそが日本的であり、世界に誇るべき価値だと思います。」

春には桜が咲き誇り、夏になると濃い緑が映え、秋には紅葉が色づき、冬には雪で一面真っ白になる。季節とともにさまざまに移り変わる景色が日本人の細やかな目線や状況に見合った振る舞いを育んでいったのではないかと緒方は予測する。

「四季折々に変化する自然とともに生きていくうちに、自然の儚さや微細な物事の違いに敏感になる。だからこそ道端に咲く野の花にも神が宿っているという信仰心が私たちの心に芽生え、自然の恵みをありがたくいただくために、器を手に持ち箸を使う日本ならではの食作法が生まれたのだと思います」

simplicity 緒方慎一郎

人種や文化を超えて、残し、伝えたいと思ってきた日本人の感性。50〜100年といった単位ではなく、少なくとも800年以上は残すことを意識し前進してきた。活動開始から四半世紀が過ぎた今思い描いているビジョンはあるのだろうか。

「レストランビジネスで成功したいわけでも、功績を残したいのでもない。日本的手法を後世へと伝えていくことが私の役割。そのために体験を通して学んでいただける場として店を構えています。今後は世界を視野に、より持続可能な仕組みができればと考えています」

文化を継承していくために必要なのは教育メソッドだと考え、現在は教育事業を見据えた取り組みを進めている。オンラインプログラムも準備し、人種や文化を超えて多くの人々が日本文化に触れられる環境を整えていきたいと話す。

<写真>八雲茶寮
五感をフルに活用して食を堪能するために、細部までこだわった東京の八雲にあるハレの空間。四季を感じる庭の景色を美しく切り取り、居室と融合させた。朝、昼、夜と一日を通じて、多様なメニューを提供する。


Shinichiro Ogata
長崎県生まれ。1998年シンプリシティ(SIMPLICITY)設立。「現代における日本の文化創造」をコンセプトに食、工芸、香りのブランドを展開。建築、インテリア、プロダクト、グラフィックのデザインディレクションも行う。

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エル・デコ2025年8月号

エル・デコ2025年8月号
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