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泊船 坂倉準三
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巨匠建築家・坂倉準三が手掛けた名作、蘇る。話題のホテル『泊船』の全貌を徹底解剖!

自然光をふんだんに取り込む大きな開口部に、自然素材の多用、意図的に残された手仕事の痕跡……。日本のモダニズム建築を全身で感じられるホテルを隅々までご紹介。

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建築家・坂倉準三(1901-1969)が設計し、1964年に竣工した三重県伊賀市の名建築「旧上野市庁舎」が、2025年7月21日(月)、ブティックホテル『泊船(はくせん)』として生まれ変わる。『エル・デコ』では、2026年春に開業予定の公共図書館との一体型複合施設としても注目されるこのプロジェクトを訪問。改修設計を手掛けたMARU。architectureによって再生された名建築の姿をリポートする。


泊船

「泊船」は、「旧上野市庁舎 SAKAKURA BASE」の2階部分を占める全19室のブティックホテル。改修を主導したMARU。architecture(マル・アーキテクチャ)は、坂倉の「建築は生きた人間のためのもの」という哲学を大切にしながら、これを現代の技術と美意識でアップデートした。

なお、泊船というホテル名は、この土地がかつて琵琶湖の湖底だったという伝承や、施設内に誕生する図書館を「言葉の湖(うみ)」に見立て、静かに錨をおろして滞在するというイメージに着想した。

ロゴのデザインは、原田祐馬率いるUMA / design farm。

建築家・坂倉準三とは?

泊船

坂倉準三は、日本のモダニズム建築を牽引した建築家のひとり。岐阜県に生まれ、東京帝国大学文学部では美術史を学ぶ。その後、建築の道に進むべく、渡仏。ル・コルビュジエのアトリエに入所し、さまざまなプロジェクトに携わりながら、モダニズム建築を実践した。1937年のパリ万国博覧会では日本館の設計を担当。世界的舞台でデビューを飾った。

帰国後の1940年には自身の事務所を設立し、「神奈川県立近代美術館」や「新宿西口広場・駐車場」などの公共施設をはじめ、多くの作品を残した。

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市民に愛された坂倉建築をホテルに再生

泊船

「泊船」のある伊賀市は、京都、奈良、伊勢を結ぶ交通の要衝として、また忍者や松尾芭蕉ゆかりの地としても知られる。坂倉は、豊かな緑に囲まれ、独自の文化が息づくこの街において、市民の暮らしとともにある「まちを見下ろさない庁舎」を目指し、「旧上野市庁舎」(上野市は、2004年に伊賀町など6市町村と合併し、伊賀市となった)を設計。1964年に竣工されてから、2019年に行政機能が現在の新庁舎へと移されるまで、市民に開かれた公共施設として愛されてきた。

しかし、老朽化とともに解体の危機に直面。市民有志による保存運動を経て、伊賀市指定文化財として保存・再生されることが決定した。図書館、観光交流、宿泊という3つの機能を内包する複合施設「旧上野市庁舎 SAKAKURA BASE(サカクラベース)」として、新たな命を吹き込まれることとなった。

泊船

建物の再生プロジェクトを担当したのは、これまで多くの公共・文化施設を手掛けてきたMARU。architecture。庁舎の持つ水平ラインや低層構成、周辺の地形や緑とのつながりといった特徴を生かしつつ、新たな用途に求められる機能にふさわしいデザインを取り入れていった。

例えば、天窓から光が降り注ぐ1階を歩くと、流動的に配置された書架や、柔らかく包み込むような天井のデザインが心地よい。客室のある2階では、壁1枚のみで隔てられていた廊下と客室の間にアルコーブを設けて改修前の市庁舎の写真を展示。公共スペースとプライベートな客室をつなぐ「セミパブリック」な空間とした。

館内では、坂倉建築に特徴的な素材の質感にも注目したい。柱や梁に使われたコンクリートには木目が見えるが、これは建設の際、コンクリートを加工するために使われた杉板型枠の跡だ。

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客室が「ロ」の字に配置されている2階では、壁面に木目の美しいタモ材を用いた壁面が使われており、ひとつの建築としての連続性を感じさせる。伊賀市指定文化財である「旧上野市庁舎」を改修するにあたり、保存対象である壁の位置は維持する必要があった。そのため、宿泊施設としては、あまり例を見ないほど廊下の幅が広い。自然光もたっぷり入り、開放感がある。





泊船

中庭では、建物の「内」と「外」を積極的につなげようとした坂倉の試みを確認できる。写真は、ガーゴイル形式の雨どい。通常は隠される雨水の流れを、坂倉はあえて見せようとした(現在は異なる雨水処理システムを使用)。

このほかにも視線の抜けを意識した動線や、土の色を思わせるタイル、本来の色を生かした木材やコンクリートから、構想の中心に人間を置き、ひとりひとりが心地よく過ごすことを目指した坂倉の設計意図が感じられる。



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間取りがすべて異なる19の客室

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泊船スイート

ホテルとして再生する前は、市長室として使われていた部屋が、泊船唯一のスイートルームに。広さは、88㎡。タモ材の壁、障子を開けると現れる、当時の坂倉デザインによるスチールサッシ、そして「市長室」と書かれたバスルームの扉に当時の面影を見ることができる。





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各客室のダイニングエリアには、坂倉準三建築研究所(現・坂倉建築研究所)に所属していた長大作がデザインし、「天童木工」から発表したチェアを配置。









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客室に彩りを添えるアートは、スタイリングを担当したNOTA&designの加藤駿介がセレクト。インテリアの色彩や素材感が反映された作品を厳選した。釉薬を焼成した立体作品でエントランスを飾る安永正臣を含む、三重県出身のアーティスト3名による作品が館内の随所に飾られている。

<写真>藤本玲奈による絵画作品。






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<写真>伊賀生まれの壺田太郎を楽しめるダイニングエリア。












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洗面台のバックスプラッシュには、旧市庁舎竣工当初から床に貼られていたタイルと同じ形のものを採用した。

シャンプーや石鹸などは、伊賀市に工場を構える「木村石鹸」による。








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<写真>坂倉がデザインしたワゴンのヴィンテージ。「天童木工」に特徴的な、フレームの間に木片を挟み込んでひとつの形状にする「コマ入れ成形」が見える。










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コーナースーペリア(キッチン付き)

窓を開けると、伊賀上野城のある上野公園に向かって景色が広がる、キッチン付きの角部屋。64㎡と、スイートルームに次ぐ広さを誇る。









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<写真>壁には藤本玲奈による小品、床に壺田太郎の作品をディスプレイ。











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コーナースーペリア(バリアフリー対応)

こちらも、窓から緑豊かな上野公園を望む角部屋。車椅子が利用しやすいバリアフリー対応で、バスルームやトイレ、通路はゆったりとしたレイアウトとなっている。








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デラックスツイン・スタンダードクイーン・スタンダードツイン

広めのダイニングテーブルを備えるゆったりとした「デラックスツイン」。ソファやチェアの張り地が、部屋の雰囲気に合わせて変えられている点にも注目したい。







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「泊船」を気軽に楽しめる「スタンダードクイーン」。館内には、コンクリートの柱が天井を支える客室が3つあり、ここはそのうちのひとつ。木目の入ったコンクリートの柱を眺め、建設現場や竣工当初の様子に思いを馳せたい。








泊船

セミダブルベッドを2台置いた「スタンダードツイン」。余白のある空間で、坂倉建築を堪能しよう。

「泊船」に入る19の客室は、間取りがすべて異なり、それぞれの部屋が新鮮な印象を与える。









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アメニティ&朝食にも注目

泊船

1階に観光案内所やショップ、公共図書館(2026年4月開業予定)を擁する複合施設の一部となる「泊船」では、「プライベート空間としての没入感」を味わえるような客室づくりを目指した。

そのための仕掛けのひとつとして、各部屋に「船室図書」を設置。「books+kotobanoie」 の加藤博久が選んだ書籍や写真集が、旅の記憶に広がりをもたせてくれそうだ。

ブックエンドは、伊賀焼の伝統を受け継ぐ窯元「長谷園(ながたにえん)」によるもの。

泊船

各部屋には、ゲストが手紙をしたためることを想定して、文箱が置かれている。万年筆を手に、その時の思いを文章にしてみては?










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