静かに情熱を湛えた繊細な演技で、国境を越えて多くの観客を魅了してきたヒョンビン。最新出演映画『ハルビン』(全国公開中)では、1909年、祖国の独立と東洋の平和を願い、中国・ハルビンへ向かい、伊藤博文を殺害した実在の人物・安重根を演じている。
韓国であまりに偉大な歴史的人物として知られる安重根役のオファーを3回断ったというが、それでもウ・ミンホ監督の諦めない説得により本作の出演を決意。国民的人物を、激動の時代に、信念を貫き、同志とともに闘った一人の義士として演じたヒョンビンが見つめたものとは何だったのか。家庭を持った今だからこそ語れる、次世代に託したい思いについても話を聞いた。
――今回、韓国では偉大な存在として知られる安重根を演じるうえで、資料を徹底的に調べて挑んだそうですが、歴史上の人物を演じる際、俳優としての「想像の自由」と「責任」をどうやってバランスを取られましたか?
責任と想像の自由のバランスの調整というのは、しようと思ってできるものではないような気がします。その2つが同時に私の中に存在していたので、それが頭をさらに複雑にしましたし、そのことからくる重圧が肩に重くのしかかっていました。
――具体的にはどのようなことがのし掛かってきたのでしょうか?
とにかく、この映画への出演を決めた瞬間から、撮影を始めて撮り終える最後の瞬間まで絶えず、安重根のこれまでの業績や、調べている中で知った彼の足跡に対して、泥を塗ってはいけないという考えがありました。それは重い責任感で、同時に私を苦しめた部分でもあったんです。一方で、映画づくりというものが本当に素晴らしいと思えたのは、まさに今ご質問いただいたように、想像の自由が存在していることです。これまで知られていなかった出来事、もしくはその人物が抱えただろう知られざる感情を観客に届けられる余白については、監督と話し合い、相談をしながら満たしていきました。歴史的な資料を見ながら、彼がこのような決断をした裏側には、きっとこのような感情があったんだろうなということを絶えず考えて想像しながらつくっていきました。なので、想像と責任の比率を決めて調整をしていったというより、それらはほぼ同じ比重で私の中にあって、それを表現をしていったという感じですね。
――精神的に苦しい状況で、ふと心がほどける瞬間はどんな時でした?
そうですね。最初のうちは重圧と責任感によって、一人で抱え込む時間が多くて、自分がひとりで受け止めることだと考えていたんです。でも、ふと周りを見回してみると、同じ現場で役を演じているみなさんも同じ状況だということが伝わってきて。言葉にしなくても、無意識にそう感じることができました。そこから、彼らとたくさんの話をするようになって、いつの間にか彼らに少し頼るようになり、彼らも私に頼ってくれたんですね。
――特にマイナス40度という極寒の地、モンゴルでの撮影でもあったわけですしね。
序盤はモンゴルで撮影がスタートしたのですが、海外という場所でキャストのみなさんと一緒に過ごす時間がとても多かったので、実際に映画の中のように、まるで同志のような関係で過ごしていました。そこから気持ちが癒されることがありました。同じ思いを持っている仲間たちがいる、頼ることができる誰かがいることにすごく力をもらいましたし、彼らと共感したり、お互いを理解し合ったりできるということが、徐々に私の心をほぐしてくれたんです。
――大韓義軍の同志イ・チャンソプを演じたイ・ドンウクさんや、ウ・ドクスン役のパク・ジョンミンさんとの初共演はいかがでしたか? 現場での印象深いエピソードがあれば聞かせてください。
イ・ドンウクさんとは、お互いのキャラクターにどっぷり染まっていると感じられることが多々ありました。映画の中でイ・チャンソプと安重根が二人で対話をするシーンがあります。それはもともとシナリオになかったのですが、撮影をしながら、監督が途中でこのような場面があったらいいだろうと思い、その場面の台本を書き加えてくれたんです。ワンシーン、ワンカットでしたが、最初のテイクでOKが出た記憶があります。「カット」のサインが出て、二人でモニター前に来て、「今の感情がすごく良かったね」「とても演じやすかった」とお互い感じていました。息が合っていないかのように見えるその瞬間でも、それがむしろそのリアリティを伝えるような、そんなシーンにもなっていました。それくらいお互いのキャラクター、演技に対して、与え合うことができたと記憶しています。
――パク・ジョンミンさんは、現場で大先輩であるヒョンビンさんについて回っていろいろ質問をされていたとか。
当時の私は、安重根という人物に対する非常に大きな重圧を大きく受け止めていたので気づかなかったのですが、振り返ってみると、彼も同じようにウ・ドクスンという実在の人物を演じたことを考えると、資料を探したり、想像するのはおそらく私よりも大変だったのではないかというふうに思えました。重圧も複雑な感情も間違いなくあったはずですし、それをだいぶ後になって気づかされました。それで、パク・ジョンミンさんは、撮影していた当時、自分の重圧を共有したいと思っていたのではないのかと、考えるようになったんです。撮影中、ジョンミンさんは映画以外のプライベートなことへの質問もたくさん投げかけてきました。ちょうど『ハルビン』を撮っているタイミングで子どもが生まれたので、子どものこと、結婚のことなどを聞かれました。
――家庭を持たれた40代のヒョンビンさんが、“次世代に託したい思い”とはどんなことですか?
そうですね。最近思うのは、どんどん世知辛くなっているということ。また分断が広がっているという気がします。なので、もっとお互い共存できるような世の中になれたらいいなとよく思います。
――信念を持ち、1歩ずつ前進する人物を演じられましたが、私生活においてヒョンビンさんの信念とは?「これだけは譲れない」と思うことがあれば教えてください。
安重根の信念と自分のものを比較することは難しいことですが、私の中に信念があるとすれば、たとえ時間がかかったとしても、遅かれ早かれ、人は絶えず変わっていかなければならない、と考えています。なので、一つのところに留まらないようにしています。その信念の中で私が信じていることは、今日より明日がより良いものになっているだろうということです。
ヒョンビンにASK!日本にまつわる一問一答
Q.好きな日本の言葉は?
「いらっしゃいませ」。なぜって、それを聞くとおいしいものを食べることが思い浮かぶ言葉なので。
Q.今ハマっている日本のカルチャーは?
食です。
Q.日本で旅をしてみたい場所は?
多すぎます。行ったことのない場所がたくさんありますし。でも、今は暑いから札幌!
Q.共演してみたい日本の俳優は?
リリー・フランキーさんとは、また別の役柄でご一緒してみたいです。(『ハルビン』の映画では)会ってすぐに撃ち殺してしまったので、もう少し長く呼吸を合わせた演技をしてみたいです(笑)。
『ハルビン』
全国公開中
配給:KADOKAWA、KADOKAWA Kプラス
公式サイト
PROFILE
HYUN BIN 1982年9月25日生まれ。2003年にデビューし、05年の「私の名前はキム・サムスン」で大きく注目される。その後も、「シークレット・ガーデン」(10)、『王の涙 イ・サンの決断』(14)、『コンフィデンシャル/共助』(17)、22年に続編『コンフィデンシャル:国際共助捜査』など、ドラマと映画を行き来しながら活躍。また、19年には「愛の不時着」が世界的に大ヒット。その他の作品に『ザ・ネゴシエーション』(18)、『極限境界線 救出までの18日間』(23)などがある。
photo : MAI KISE realization : TOMOKO OGAWA editor : NAOTO OKADA/ELLE