バッキンガム宮殿は2025年6月30日、王室専用列車「ロイヤルトレイン」の運行を2027年までに廃止すると発表した。「ロイヤルトレインは、何十年にもわたり国民生活の一部であり、関係者全員に愛され、大切にされてきました。しかし、私たちは過去に縛られずに前進しなくてはなりません」と王室の財政管理責任者は記者団に述べた。「王室の仕事の多くの部分が現代化されたように、資金配分においても規律を保ち、将来を見据えた対応を心がけた結果、ロイヤルトレインの運行に心からの別れを告げる時が来たのです」
ロイヤルトレインは2027年の運行終了前に英国各地を巡回した後、一般公開される予定だ。5世代に渡ってイギリス王室、そしてイギリス国民に愛されてきたロイヤルトレインとはいったいどんな列車なのか、以下英国王室の専用列車に関する歴史&トリビアを振り返ってみよう。
1. 列車に乗った初の英君主はヴィクトリア女王
1842年、ヴィクトリア女王は23歳のときに初めて列車に乗車した。夫のアルバート公は機関車の大ファンだったが、ヴィクトリア女王は当初、王室列車の旅には少し抵抗があったという。しかし、アルバート公の熱心な勧めで、列車に乗ることに同意。ウィンザー城の近くにあるスラウ駅からロンドンのパディントン駅までを列車で移動して、列車で旅をした初の英君主となった。
「(ロイヤルトレインは)ヴィクトリア女王の治世において極めて重要でした」と、王室史家のケイト・ウィリアムズは説明している。「ヴィクトリア女王は国中を旅することを自らの義務と考えていました。それ以前の君主たちは必ずしもそう考えていたわけではなく、宮殿に座っているだけで満足し、実際に各地を訪問することはありませんでした。ヴィクトリア女王は全く異なる考え方を持っており、できる限りイギリス各地を周ることが自分の仕事だと強く感じていました。そのため、ロイヤルトレインは彼女にとってその負担を軽減してくれるものだったのです」
2. ヴィクトリア女王は自分好みのロイヤルトレインを発注した
ヴィクトリア女王はその利便性を気に入り、1869年に私費を投じて王室列車用の専用車両の製作を命じた。ヴィクトリア女王の専用車両は23金で塗装され、シルクやサテンで装飾された豪奢なものだった。その後もロイヤルトレインには改良が続けられ、1890年代には電灯や車内トイレなど、当時最先端の技術が導入された。しかしながら、ヴィクトリア女王は車内トイレの使用を拒否し、数時間ごとに列車を停車させてトイレ休憩を取ることを好んでいたという。
ウィリアムズによれば、1866年にはスコットランドのバラター村に鉄道駅が建設されたことで、ヴィクトリア女王は長年王室のお気に入りの保養地であったバルモラルへ、より簡単に旅行できるようになった。
3. 国家機密として扱われていた
当然だが王室の旅行に関する情報は厳重に管理されており、ロイヤルトレインもその長い歴史において例外ではなかった。ウィリアムズによると、第一次世界大戦中にはロイヤルトレインは国内の移動手段というだけではなく、君主の宿泊施設の役割も果たしたという。エリザベス2世女王の祖父であるジョージ5世は、切迫した状況下で臣民に自分の宿泊場所の手配を依頼するのは不適切だと考え、ロイヤルトレイン内に宿泊したのだとか。
彼の息子であるジョージ6世は第二次世界大戦中、ドイツ軍の爆撃を受けていた地域を訪問するためにこの列車を利用。このため、安全上の理由から列車は大規模に改修され、白い屋根の木造車両は、セキュリティ対策が万全な56トンの装甲板付き車両に置き換えられ、極秘文書を保管するための特別なキャビネットなども備え付けられた。
終戦後になって初めてこの列車の存在が公表されたが、現在でも各ロイヤルトレインの運行情報の詳細は秘密にされており、列車の乗務員にさえどの王族が乗ることになるのか知らされないという。
4. 現在の車両は1977年製
現行のロイヤルトレインは1977年に在位25周年を記念してエリザベス女王に贈呈されたものである。2020年のドキュメンタリー番組「Secrets of Royal Travel」によると、同車両は長年にわたり改良が重ねられており、1980年代には32万ポンドをかけて改修工事を実施。機関銃掃射、ロケット弾、爆弾からの防御力が向上したという。また、列車の安全性強化に加え、エリザベス女王、フィリップ王配、チャールズ皇太子がそれぞれデザインに意見を述べ、フィリップ王配のトイレには髭剃り用の鏡を設置するなど、随所に個性的な工夫が凝らされたという。
5. 内装は華やかさより機能性を重視
ヴィクトリア女王時代の豪華な内装とは異なり、現在の9両編成のロイヤルトレインのインテリアはより控えめなデザインだ。「誰もがロイヤルトレインは極めて豪華で、オリエント急行のようなものだと思い込んでいますが、実際には華やかさよりも機能性を重視しています」と、王室史家のデイビッド・マクルーアは前述のドキュメンタリーの中で述べている。
しかし、その控えめな内装は、ヴィクトリア女王の金箔やタッセルの装飾と同じくらい、エリザベス女王のスタイルを反映しているという。「女王がプライベートエリアを装飾する方法は実に実用的です。ですから、ロイヤルトレインの内装が実用的であることは驚くべきことではありません。まさに女王が好むスタイルなのです」とウィリアムズは述べている。
ロイヤルトレインは故エリザベス女王のお気に入りの場所であり、生前、女王はここがプライバシーを保ちながら心からリラックスできる数少ない場所の一つだと語っていた。
6. 特別な食事が供される
ヴィクトリア女王は列車内での食事は消化に悪いと考えて拒否していたが、ロイヤルトレインの食事には長い歴史がある。“王冠を賭けた恋”で有名なエドワード8世は、列車内で提供されるすべてのタンパク質を自領で狩猟または漁獲されたものにすることを要求したと言われている。チャールズ国王の場合はそれほど要求が厳しくなく、列車の12席の食堂車で提供される食材は地元産で、自身のモノグラム入りの食器で提供されることのみが求められているという。
7. 浴槽を完備。ただし、使用に注意
ジョージ5世の治世下、ロイヤルトレインには、列車としてほぼ初めてバスタブが設置された。この浴槽は時代を超えてロイヤルトレインの特徴の一つとなっているが、必ずしも使いやすいとは言えない。
エリザベス女王の両親、ジョージ6世とエリザベス皇太后が使用した浴槽には、水位を示す赤い線が内側の途中に引かれている。これは第二次世界大戦中の配給制時代に、浴槽のお湯を沸かす燃料を節約するために一般的な方法だったが、より実際的な理由でも必要だった。列車の走行中に水があふれるのを防ぐためだ。一方、エリザベス女王はたっぷりとお湯を張った通常通りのバスタイムを希望したため、女王が浴室を使う時間になるとロイヤルトレインはサイドレールに一時停車するようになっていたのだとか。
8. 決して最速ではない
ロイヤルトレインの運行に関しては、猛スピードを期待してはいけない。ヴィクトリア女王は、王室列車の運行速度に昼間は時速40マイル(約64キロメートル)、夜間は時速30マイル(約48キロメートル)という厳しい制限を設けた。当時は速度が速すぎると人間の精神は異常をきたしてしまうと広く信じられていたからだ。
現代のロイヤルトレインも他の旅客列車に比べて、依然としてゆっくりとしたペースを保っている。英国最速の列車が通常時速200マイル(約320キロメートル)なのに対し、ロイヤルトレインは時速70マイル(約112キロメートル)だ。そして線路の遅延を避けるために、より速い列車を迂回させる専任のスタッフを配置しているという。ロイヤルトレインはスピードでは知られていないが正確さでそれを補い、ロイヤルトレインのスタッフたちは到着予定時刻から常に15秒以内に到着することに誇りを持っていると言われる。
9. 利用できるのは王室の最上級メンバーと招待者のみ
「ロイヤルトレインは王室の最上級メンバーだけが利用するものです」と、王室コメンテーターのエミリー・アンドリュースはドキュメンタリー番組「Secrets of Royal Travel」の中で語っている。 他の王族やゲストも、高位王族の招待でロイヤルトレインに乗車できる場合があるが、多くの人にその栄誉が与えられるわけではない。メーガン妃は2018年にチェシャー州での公務のため、女王陛下から招待されて同乗を果たしたことで、大きな話題となった。
意外かもしれないが、キャサリン妃がロイヤルトレインに初めて乗車できたのはメーガン妃よりも後の2020年。ウィリアム皇太子と共にクリスマス前に3日間の列車ツアーに参加したときだ。それまでも数えきれないほど公務でイギリス国内各地をまわっていたキャサリン妃だったが、王室入りしてからロイヤルトレインに乗るまでに実に10年近く待たなくてはいけなかった。
次の英君主となるウィリアム皇太子は若い頃にもロイヤルトレインに乗車している。
10. 運行には膨大な費用がかかる
電車での旅は飛行機よりも古風かもしれないが、だからといって安いというわけではない。実際、ドキュメンタリー番組「Secrets of Royal Travel」によると、ロイヤルトレインの旅費は飛行機の約4倍で、1マイルあたり52ポンドだという。そのほかの王室の公式な移動手段同様に、ロイヤルトレインの費用も王室の経費として納税者からの補助金「ソブリングラント」によって賄われているため、この高額な旅費問題は長く議論の的だった。