7月は、世界中でトランスジェンダーやノンバイナリーの人々の存在と権利に光を当てるイベントが集中する月です。しかし、世界的にトランスフォビア(差別や偏見)は深刻化し、当事者の尊厳や安全が脅かされています。
特に英国では、今年4月に平等法(差別禁止法)の条文における「女性」の定義を「出生時に女性とされた人」とする最高裁の判決が下され、制度的な差別への懸念が広がっています。この判決をきっかけに、すでに深刻だったトランスバッシング(誹謗中傷や差別)はさらに激化しました。
そんな分断をあおる時代において、共感と対話を通じて変革を促しているのが、トランスジェンダー・アクティビストで俳優のチャーリー・クラッグスさんです。彼女はユーモアと愛に満ちた姿勢でトランスコミュニティの声を社会に届け続けています。
彼女は2013年に「ネイル・トランスフォビア」キャンペーンを立ち上げ、無料のネイルを通じて人々と対話し、理解を深める活動を行ってきました。2018年にはトランスジェンダーフラッグの絵文字追加を呼びかけ、2022年にはBBCポッドキャスト『Doctor Who: Redacted』でシリーズ史上2人目のトランス・コンパニオン役を務めました。2025年には英国LGBTQ+アワードのインフルエンサー部門も受賞しています。
今回は、チャーリーさんに、対話によるアクティビズムの力や、英国社会に広がるトランスフォビアの危うさについて伺いました。
楽しさと対話で心を動かすアプローチ
クラーク志織(S):アクティビストになったきっかけは何ですか?
チャーリー・クラッグス(C):2013年、「ネイル・トランスフォビア」というキャンペーンを立ち上げました。英国各地でポップアップ形式のネイルサロンを開き、無料のマニキュアを通じて、トランスジェンダーである私と会話や質問ができる場を提供する取り組みです。
当時、メディアはトランスジェンダーをほとんど取り上げておらず(今ではその逆で過剰報道が問題ですが)、多くの人が私たちを理解していませんでした。誤解を解き、アライ(支援者)を増やすため、対面での対話を重視しました。
この活動は成功し、ブランドからの出演依頼やスポンサーの申し出が寄せられ、プライドフェスティバルなどの大規模イベントにも招かれるように。仲間のトランスジェンダーの人たちも雇い、共に活動することで、さらに多くの対話とアライを生むことができました。
S:差別に対抗する「ファビュラス・アクティビズム」とは何ですか?
C:「ファビュラス・アクティビズム」とは、説得や訴えかけだけに頼らず、スタイルや楽しさ、親しみやすさを通じて心を動かし、社会に変化を促す新しい形の社会運動です。私は、従来とは異なる形のアクティビズムを行いたかったのです。もし私がイベント会場でトランスフォビアに関するチラシを机に並べて座っていても、大半の人は素通りします。数人が立ち止まったとしても、せいぜい2分ほど「かわいそう」と感じて、そのまま忘れてしまうのが現実です。
でも、無料でマニキュアを提供すれば、イベント中ずっと入り口に行列ができます。そして20分間、手を握りながらネイルを塗り、1対1で会話を交わせば、相手は私という人間を知り、トランスジェンダー・コミュニティが直面する困難に、感情的なつながりを持つようになります。そうすることで、この問題はより個人的で心に響くものになり、チラシの内容がすぐに忘れられてしまうこともなくなるのです。
人々をアライへと導く鍵は、問題に対する「感情的なつながり」にあるのです。
連帯の鎖を守るために
S:英国内でトランス差別が深刻化しています。先日この問題を扱った私の記事でも、あなたの「つながった鎖の一つを引きちぎれば、他のパーツも簡単に壊れてしまう」という言葉を引用しました。この言葉にはどんな思いが込められているのでしょうか?
C:トランスジェンダーの人々は以前から、「私たちを憎み、権利を攻撃する人たちは、次にLGBTQIA+コミュニティの他の当事者を標的にするだろう」と警告してきました。なぜなら、“鎖の中で最も弱い環(T=トランスジェンダー)”を切り離せば、残りの鎖を断つのはずっと簡単になる。そして、トランスに向けられた理屈を他の人たちにも転用できてしまうからです。
たとえば、トランスフォビックな人たちは「トランス女性と女子トイレを共有するのは危険。性的暴行されるかもしれない」と言います(皮肉なことに、多くのトランス女性はトランジション前はゲイの少年で、女性に性的関心がないことも多いのですが)。
同じ論理で、ホモフォビックな人たちは「男子トイレでゲイの男性のそばにいるのは危険」と主張できてしまう。そして、女性に魅力を感じない私(トランス女性)とは異なり、ゲイ男性は男性に惹かれるため、この主張には一層の説得力があるように見えてしまいます。
しかも、その理屈でトランス差別が法廷で認められた事例がすでにあり、論理はさらに強化されました。アメリカではその流れが現実となり、トランス差別の後に同性婚禁止法案が提出され、ドラァグクイーン(多くはゲイ男性)への攻撃も激化しています。
だからゲイやレズビアンの人たちも、トランスに起きていることを“他人事”でなく“自分の問題”として受け止めてほしい。たとえ無私無欲でなくても、自分のために関心を持つべきです。なぜなら、次に狙われるのは、あなたかもしれないからです。
クィアとしての自己表現と反撃の意味
S:SNSで大切にしている発信のスタイルや工夫はありますか?
C:私は、ネット上で意地悪を言ってくる人たちへの“クレイムバック”(やり返し)が上手いことで、少し知られています。これをする理由は、クィアとして育つ中で、「ゲイとして生きることを選べば、いじめられるのは当然」という価値観を社会から植えつけられてきたからです。それが当然のように思わされていたんです。
でも私は、自分の発信を見ているクィアの若い人たちに「それは違う」と伝えたい。私たちは、被害者でいる必要も、虐待を我慢する必要もありません。いじめを完全に止めることは難しいかもしれない。でも、私たちが仕返しすることで、加害者は次に誰かを攻撃する前に一度立ち止まって考えるようになるはずです。なぜなら、クィアほど鋭く言い返せる存在はいないから。
私があのような態度をとるのは、まさにそれが、私が育つ中で見たかった姿だからです。
これからのビジョン:次に誰とどうつながるか?
S:今後注力したい活動は何ですか?
C:2020年、コロナ禍のなかで「ネイル・トランスフォビア」を終了しました。ロックダウン後も再開しなかったのは、当時の社会においてその活動が有効でなくなったと感じたからです。あの年は、J.K.ローリングによる発言をきっかけに、トランスフォビア的な風潮が一気に拡大しました。人々はもはや学ぼうとせず、むしろ差別を誇示するような空気さえ生まれていたのです。
しかし今、状況はさらに悪化し、「人間らしさ(ヒューマニティ)」こそが社会に最も欠けていると痛感しています。だからこそ私は、今後は再び“人と人が向き合い、心を通わせる場”をつくることに注力したいと思っています。対面での会話やふれあいを通して、トランスジェンダーという存在が「イデオロギー」ではなく「人間」であることを、直接感じてもらえる場を広げていきたいのです。
いま求められるヒューマニティ
英国でも日本でも、トランスジェンダーをはじめとするマイノリティが、十分に理解されないまま悪者として扱われる風潮が広がっています。だからこそ、チャーリーさんの「今もっとも必要なのはヒューマニティ」という言葉が強く響くのです。当たり前だけど、みんな同じ人間なのです。みんな同じくらい大切なのです。
誰かを非人間化し、社会の問題の責任を根拠なく押しつける社会は、「自分は安全」と思っている人すら、いずれ巻き込んでしまうかもしれません。そんな社会にならないために——私たちは、皆で皆を守り合っていく必要があります。つながり合ったチェーンを、決して断ち切らせてはいけない。私はそう強く思います。
PROFILE
チャーリー・クラッグス
トランスジェンダー・アクティビスト、俳優。2013年に、無料でネイルを施しながら対話を促すキャンペーン「ネイル・トランスフォビア」を立ち上げ注目を集める。著書『To My Trans Sisters』をはじめ、BBCポッドキャスト『Doctor Who: Redacted』への出演など、メディアを通じて多様な発信を続ける。LGBTQ+アワードなどで数々の賞を受賞。
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