「私はこの地球に、三つの使命を持って生まれてきたと感じています。ひとつ目は、私たち人間が、他の動物たちとつながっている存在だと伝えること。ふたつ目は、一人ひとりの行動が、世界を変える力になると信じ、広めること。そして最後に、どんなときでも“希望”を伝えることです」
そう語るのは、91歳の動物行動学者・ジェーン・グドール博士。2024年6月にミラノ、ロンドン、台湾を経て日本を訪れた彼女は、三日間にわたり講演を行った。その姿には、今この瞬間も行動し続ける覚悟がにじむ。年間300日近くを講演や対話に費やし、ストーリーテリングを通して彼女は世界各地に足跡を残してきた。
「ガザやウクライナ、スーダン、コンゴ民主共和国……世界ではいまも戦争や暴力が止まず、自然破壊も加速しています。希望を語ることは、年々難しくなっている。けれども、あきらめるわけにはいかないのです」
ジェーンを支えた言葉が、世界中の女性たちへと広がっていく
研究者としての物語は、幼き日のイギリスで始まる。
「1歳半のときのこと。これは母から聞いた話なのですが、私は庭で見つけたミミズをベッドに持ち帰り、並べて観察していたそうです。それを見つけた母は、叱る代わりにこう言いました。『足がないのにどうして動くのか知りたかったのね。でも、ミミズのおうちは土の中だから、このままだと死んでしまう。一緒に帰してあげましょう』と」
無垢の好奇心を、頭ごなしに否定しない。問いかけに向き合ってくれる存在がいる、それが、彼女の探究心を支え続けたという。そして第二次世界大戦下、古本屋で偶然手に取った一冊の『ターザン』が、彼女の夢を形づくる。「アフリカへ行って、野生動物と暮らし、本を書く」、その想いは子どもの空想の域を超えていった。
「『ターザン』の物語には、一つだけ間違いがあると思っています。それは彼が、違う“ジェーン”と結婚してしまったことです」と、そう語ってオーディエンスを和ませたあと、深く、穏やかに響く声でこう続けた。
「当時は、女の子がアフリカに行きたいなんて夢を語ると、笑われるような時代でした。でも、母だけは私をずっと応援してくれました。『どんなに笑われても、本当にやりたいことがあるなら、一生懸命努力して、チャンスを逃さず、決してあきらめなければ、きっと道は開ける』と」
大学に通うお金はなかったという。けれど、秘書やホテルで働いて得たお金を貯め、夢を手繰るようにアフリカへ渡った。そこで出会ったのが、人類学者ルイス・リーキー博士だ。彼はジェーンの学者としての素質を見抜き、導いた人物だ。
動物としての人間のあり方
今から65年前、ジェーンはリーキー博士の支援を受け、タンザニア・ゴンベの森でチンパンジーの研究を任された。森で暮らしながら、彼女が最初に信頼を寄せたチンパンジーの名は、デイビッド・グレイビアード。「彼が、道具を使ってシロアリを採る姿を見せてくれたとき、“人間だけが道具を使う”という世界の常識が崩れたんです」とジェーンは語る。
ジェーンは、観察を重ねることで動物にも感情があり、個性があるという事実を証明していった。彼女が提起する研究の醍醐味は、論理的に“動物にも感情がある”といったことを証明するだけでなく、人間が生物の一員としての目線を取り戻す重要性を説いていったのだ。
「当時の西洋の科学界では、『人間は特別で、動物とは深くて越えられない溝がある』と考えられていました。だから私の観察は、とても受け入れられにくかった。でも、私は確信していたのです。なぜなら、子どものころに“ラスティ”という犬がそばにいて、動物にも思いやりや心があることを、彼から教わっていたから」
ナショナルジオグラフィックが研究を映像で紹介したことで、ようやく科学界は事実を認めるようになる。「私はよく想像するんです。デイビッドと手を取り合って“境界線なんてなかった”と笑い合う場面を」と彼女は話す。
サステナビリティは、今日の選択の積み重ね
すべての生きとし生けるものに役割がある。そこには当然ながら、人間も含まれる。私たちは地球に多くの負荷を与えてきた生き物でもあるけれど、同時に、個々の人間自身の存在の仕方次第で、ポジティブなインパクトをもたらすこともできる。
「私たちは誰もが、毎日この地球に何らかの影響を与えながら生きています。そして、どんな影響を与えるかは、自分で選ぶことができる。それこそが、希望ある未来につながる道だと思います」
けれど、何から始めたらいいか分からないという声も少なくない。その問いに対して、ジェーンはこう返す。
「まずは、自分の身の回りにある違和感を見つめてみてください。それは、ごみの問題かもしれないし、人の扱われ方かもしれない。 “なぜか気になる”ことを見つけたら、自分にできる方法で仲間と一緒に動いてみる。すると、小さな行動が確かな変化を生み、その変化が自分自身を励まし、周囲に広がっていきます。そうやって行動と希望の連鎖が始まっていくのです」
次世代が生み出す希望の連鎖
「私たちは、理解して初めて関心を持つ。関心を持って初めて行動ができる。そして行動して初めて、“希望”が生まれる」というジェーンの哲学は、自身が発足したユースのアクションプログラム「ルーツ&シューツ(Roots & Shoots)」の根幹にも息づいている。
1991年、タンザニア。ジェーンの家に集まった12人の高校生たちが、彼女に問いかけた。身の回りで起きている環境破壊、動物虐待、貧困や教育の格差……「自分たちに、何ができるのか」と。するとジェーンは彼らの声に耳を傾け、こう応えた。「まずは同じように感じている仲間を呼んできて、できることから一緒に始めましょう」、それが「ルーツ&シューツ」の出発点となった。
人・動物・自然環境、自分がよりよくしたいと感じた対象を起点に、学校や家庭、地域のなかで行動を起こす。日本のある「ルーツ&シューツ」のグループは、小学6年生の子が、食堂で燃えるゴミとして捨てられるアルミ付き紙パックの存在が気になり、学校で回収プログラムを立ち上げた。開始から3年経った今では、生徒・先生・保護者が参加しコレクティブなインパクトをもたらしているだけでなく、企業が学校へ視察に来て、行政へも資源ごみの在り方について問題提起するまでに発展している。
「どんなに小さな行動でも、それは意味を持ちます。最初は、ごみを拾うことや木を植えることでもかまいません。誰かに話を聞きに行ったり、ポスターを作ったり、チャリティイベントを開いたり。そうして一歩を踏み出すたびに、“もっとやってみたい”という気持ちが生まれます。その積み重ねが、未来を変えていく原動力になるのです」
「ルーツ&シューツ」は、未来のリーダーを育てるプログラムと呼ばれることがあるが、よくあるそれとは違うとジェーンは説明する。
「『ルーツ&シューツ』は、確かにリーダーを育てているんだけれども、“思いやり”と“共感”を持つ新しい世代が育っていると感じます。若者は、肌の色や言語、文化や宗教よりも大切なことがあることに気づき、行動できる人材となっているのです。このムーブメントは、私がいなくなった後も育ち続けると信じています」
91歳の次なる冒険
これまでの功績をふまえれば、ジェーンに「次なる冒険」を尋ねるのは、いささか無粋かもしれない。けれどその問いに、彼女は穏やかにこう答えた。
「91歳を迎えた今、私の次の大いなる冒険は“死ぬこと”。死んだら、何もないかもしれない。でも、今までの経験や、ほかの人たちの話を通して、私は“何かがある”と信じています。そしてその“何か”を発見する以上に、ワクワクすることなんてあるかしら?」
ジェーンを愛する人たちにとっては笑えない話だが、彼女の足取りはいつも未来に向かって軽やかだ。日本での講演を終えたあと、彼女のトレードマークでもあるMr. Hのぬいぐるみが顔をのぞかせたバッグとスーツケースを引きながら、ひとり空港の搭乗ゲートへと向かう。それからジェーンはゆっくりと再び振り返ると、見送る者へとチンパンジー語で「さよなら」というジェスチャーを贈る。その一瞬だけ、タンザニアのゴンベの森が浮かび上がるかのような気配に包まれた。きっと今ごろはタンザニアへ戻り、アルーシャに新しくオープンする文化教育センター「Dr. Jane’s Dream」の式典に向けて、穏やかにも忙しく過ごしていることだろう。
PROFILE
ジェーン・グドール博士
動物行動学者・環境保護活動家。1960年、タンザニア・ゴンベで野生チンパンジーの社会的行動を研究し、「チンパンジーも道具を作り、使う」ことを発見。人類と動物の関係性に新たな視座をもたらした。1977年、ジェーン・グドール インスティテュート(JGI)を設立し、自然・動物・人間のつながりを重視した保全活動を推進。ユース・プログラム「ルーツ&シューツ」は世界70か国以上に広がっている。年間約300日を講演や対話に費やし、希望と行動の大切さを伝え続けている。近著に『希望の教室』(海と月社、20言語以上に翻訳)。
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