今年に入って、歴史あるラグジュアリーファッションブランドで相次いで起きたクリエイティブ・ディレクターの交代が話題に。ファッションを愛する人たちにとって、どのようなクリエイションがどのようなメッセージとともに世に放たれるのか、気になるところ。それは、これまでもいまもデザイナーたちが一部の、あるいは大勢の声を代弁するメッセージや問いを投げかけるという役割を、社会のなかで担ってきたからとも言える。
現在開催中の大阪・関西万博「ウーマンズ パビリオン」にて、ファッション業界を中心に国際的に活躍する女性リーダーたちが集まり、トークイベントが開かれた。登壇したのは、The Hungarian Fashion & Design Agency(HFDA)CEO兼創造産業開発・連携担当 政府代表のZsofia Jakab(ジョーフィア・ヤカブ)さん、ELLE JAPON副編集長の中村昭子(なかむら・あきこ)、そして女性起業家支援を行うHearstLab International Japan Country Managerの土川純代(つちかわ・すみよ)さん。モデレータとして、異文化間ビジネスおよびラグジュアリー消費財を専門とする戦略家でもあり、ミラノ・ファッション・ウィークの運営組織、イタリアファッション協会の一員でもあるOrietta Pelizzari(オリエッタ・ペリッツァーリ)さんも登壇した。
トークテーマは、ファッション業界を中心に、未来で活躍するリーダー像について。
ファッション業界を取り巻く女性たちの現在地
2018年以降、毎年開催されているHFDA主催のブダペスト・セントラルヨーロッパ・ファッションウィークは、中央ヨーロッパ地域の若いデザイナーの発掘と才能にスポットライトを当て、国際的な認知を上げていく舞台として存在感を増している。いまもつづく国際情勢を受けて、2024年までウクライナ・ファッションウィークを支援し、ウクライナのデザイナーたちのコレクション発表の場をブダペストで守ってきたのもHFDAを含める海外の支援者たちだった。困難な時こそ、ファッションというソフトパワーを信じ、クリエイションを続けてきたデザイナーたち。 そして、文化の発信の場をつくり、守ってきたリーダーのJakabさん。彼女が率いるHFDAは、スタッフの9割が女性で構成されている。彼女たちがデザイナーを支援するうえで大事にしていることはなにか。
「ファッション業界で生き残っていくためには、なにが社会に求められているのかを機敏に感じとっていくことが必要です。クリエイションそのものの素晴らしさも、もちろん大事ですが、それだけでなく、ビジネスとしても成り立つかどうかも重要。なので、他分野の企業との交流もデザイナーには大事だと思っています」
そう話すJakabさん。若手のデザイナーたちを支援する際にも、次のようなアプローチをとっていると言う。
「よく“魚を与えるのではなく釣り方を教えよ”と言いますよね。私たちもビジネスとして事業をデザイナー自らが拡大していけるよう、資金だけを提供するのではなく、機会を提供するようにしています。例えば、ブダペストのファッションウィークでは、40を超えるデザイナーとメディアを招待し、実際に相互に交流ができるプラットフォームの創出に取り組んでいます。そうすることで新たな事業創出の機会につながるからです」
ファッション業界に近いメディアは、まさにデザイナーと消費者をつなぐ存在。 ELLE JAPON副編集長として、女性のエンパワーメントを促す立場にいる中村は、デザイナーたちや女性リーダーを活躍を支える手段として、デジタルと誌面と二つのアプローチがあると話す。
「デジタルプラットフォームでは、いわゆる“バズらせる”ことで、彼女たちの社会的認知度を向上させていくことができます。誌面では、その人のストーリーに焦点を当てることで、ブランドや事業の信頼性を上げていくことにメディアは貢献できます」
また、長年、コンテンツを発信してきた視点から、近年の日本の女性読者の価値観の変化を次のように説明。
「いまの時代は、“ボディポジティビティ”、“アンチルッキズム”、“ポジティブエイジング”などの言葉に象徴されるように、“自分をより良く見せなければ”という気持ちに縛られず、自然体の自分でいたいと感じる女性が増えていると思います」
「ひと昔前まで、グレイヘアや更年期の話題はファッション誌ではなかなか取り上げづらいものでした。けれどいまでは、“グレイヘアとの向き合い方”や“白髪はアクセサリー!”、“更年期をどう乗り越える?”といった切り口の記事が、ここ2,3年で多くの読者の共感を呼ぶ人気コンテンツになっています」
“たった一つの美の基準”を押しつけるのではなく、多様な美のかたちを認めていくこと。そうした誰一人取り残さない、読者の心に寄り添うメディアの姿勢が大事なことがわかる。
「ジェンダーの視点でファッションを見ると、“ジェンダーレス”、つまり性別の違いを意識しないアイテムが増えています。70年代、80年代に女性たちは、自分を強く見せようとして、男性のなかで主流だったジャケットやパンツスーツを意識的に選んでいました。ですが、いまは“男性らしさ”、“女性らしさ”にとらわれない自分らしさの表現の一つ、また男女でシェアできる便利なアイテムの一つとして広く受け入れられるようになりました」と、中村。
性別に関係なく着られるアイテムが増えたことは、ジェンダー観の多様性が尊重されるようになった証。また、ファッションを通じてそれらを表現できるようになったことも、歓迎すべき変化だ。
さらに中村が注目しているのは、日本に限らず、消費者の“モノの選び方”に見られる変化。2015年に国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)をきっかけに、自分の選択が社会や他者とのつながりのなかで、どのような意味を持つのかを意識する人が増えているのだとか。
「例えば、気候変動への影響を考えてサステナブルな素材を選んだり、新たな資源を使わずに済むヴィンテージアイテムを取り入れたり。最近では“ファーフリー”や“トレーサブルなジュエリー”のように、そのプロダクトが、誰の手を通って、どのように作られたのかにまで目を向ける時代になっています」
SNSの台頭によって、自分を表現することを自ら考え、ブランディングすることが当たり前の時代において、“これを身につけることで誰かを傷つけていないか”、“自分のスタイルが社会のなかでどのような意味合いを持つのか”。こうした問いを自然に持ちはじめているのは、Z世代をはじめとする若い世代の間で、特に顕著に見られる傾向だ。このような背景から、ファッションのトレンドというものは、デザイナーがコレクション発表を通して発信するものではなく、私たち消費者の感情を受けとめながら、対話するように育まれていくものへと変化しているのかもしれない。
社会にいま求められる“共感する力”
ファッションの歴史をひもとくと、女性デザイナーたちが、衣服というクリエイションを通して既存の価値観に風穴をあけてきたことが見えてくる。女性の社会進出を後押ししたり、社会に決められた女性像を壊してきたりと、ときに人々を“こうあるべき”という思い込みから解放してきたその姿には、彼女たちならではのリーダーシップが宿っていたのかもしれない。そんな彼女たちに共通する資質とはなにか――そのヒントを、「エモーショナル・インテリジェンス(感情的知性/心の知能)」という言葉で教えてくれた、Jakabさん。
エモーショナル・インテリジェンスとは、自分や他者の感情を読み取り、理解し、表現する力のこと。他者との信頼関係を築いたり、対立を乗り越え、自己表現するために効果的なスキルでもある。いま、世界が求めているリーダーには、いわゆるこの“共感する力”が欠かせないのだと、Jakabさんは言う。
土川さんが出会ってきた女性の社会起業家たちも、その多くがこの感情的知性を自然に体現していたようだ。
「女性社会起業家の多くは、いち企業としての利益だけを追いかけるのではなく、社会や他者にどんなふうに貢献できるかをしっかりと見つめています。事業も短期的な利益を狙うのではなく、長いスパンでリスクを見極める傾向があります。サステナビリティやインクルージョンを大切にしながら仲間を見つけ、いかに共創できるのかを考えて進めていくケースが多いのです」
もちろん、エモーショナル・インテリジェンスが女性だけの特別な資質というわけではない。むしろ、男性、女性に関係なく、誰もが養うことのスキルであると言える。ただ、そのスキルを社会のなかで広く発揮し、自己表現につなげていく機会が男女間で平等にあるかと言うと、残念ながら、いまはまだそうとは言いきれないのかもしれない。
“見えない壁”を超えていくために必要なこと、そして未来のリーダー像とは
実際に、女性が社会で活躍したり、ビジネスチャンスを手にする機会は、男性に比べてまだ少ないのが現状。2025年のジェンダー指数によると、総合スコアは148カ国中、ハンガリーが105位、日本が118位。「経済参加と機会」の分野では、ハンガリーが79位、日本が112位と、いずれもまだジェンダー格差が存在していることがわかる。特に日本では、女性起業家が率いる企業が手にする資金調達額は全体の2%、また、新規上場企業に占める女性社長比率も2%しかないなど(金融庁、2022年)、ビジネスをスケールする過程でも、大きな男女間格差に直面している。
Pelizzariさんが新しい価値を生むためには“破壊的な”創造力が必要になると表現するように、女性にはキャリアを築いていくうえで、壊していかなければならない“見えない壁”はまだ多い。だからこそ、その道の先を歩いてきた誰かの声が、ヒントになることがある。経験や視点を共有してくれるメンターの存在は、心強い味方になってくれるはず。
「特に若いときにこそメンターが重要なのです」と、Jakabさん。「私自身、20代後半のときに組織のリーダーになりましたが、支えてくれたメンターがいました。その経験から、ファッション業界でビジネスを成功に導くうえでも、メンターシップを通して学びの機会を得ることはとても大切な戦略だと感じています。人は一人だと、経験値をつけて自信がついてきたときに、それが過信に変わることもあります。でも、メンターがいることでそれを防ぐことができる。メンターシップで重要なのは、メンターのアドバイスを謙虚に受け取る姿勢ですね」
ただ、現代の女性は、母やパートナーとして、さらにはいま、会社の一員としてなど、家庭内外で複数の役割をバランスよく両立しなければいけないというプレッシャーに晒されているのが実情ではないだろうか。こうした性別に基づく役割分担が根づく社会の構造を変えるには、女性だけの努力では難しい。男性を含めすべての人を巻き込んだ対話が欠かせない。しかし一方で、さまざまな立場や視点を自然と行き来する経験を持つ女性たちは、他者や社会のニーズに敏感で、解決へのヒントを見つけやすいとも言えるのではないか。そんな女性たちの活躍には社会をより良い方向に変えていく大きな希望があると、土川さんは語る。
今回のトークで浮かび上がってきたのは、性別にとらわれず、他者とのつながりを紡いでいくリーダー像だった。ファッション業界に限らず、リーダーが人々から共感を集めるのは、その人が一つの完璧な理想像を見せているからではなく、さらにはリーダーが“女性だから”でもない。周囲のバイアスから他者も自らも解放し、自然体で人間味あふれる存在だからである。こうした人間味あふれるリアルなストーリーを紡ぎだせるリーダーを、ブランドもメディアも、そして社会も求めているのではないだろうか。
プロフィール
パネリスト
Zsofia Jakab(ジョーフィア・ヤカブ)
The Hungarian Fashion & Design Agency(HFDA)CEO/創造産業開発・連携担当 政府代表。2018年よりHFDAを率い、2024年に創造産業開発・連携担当 政府代表に任命。彼女はハンガリーの創造産業を国際市場と結びつけることに注力し、新進気鋭のデザイナーを支援する。ブダペストを主要なクリエイティブ・ハブとして位置付け、女性の職業的成長を推進することをミッションとしている。
土川純代(つちかわ・すみよ)
HearstLab International Japan Country Manager。イノベーションおよびテック業界における女性主導のスタートアップを支援。日本の起業家女性に対して俯瞰的な視点を持ち、包括的かつ持続可能なスタートアップ環境の形成に貢献している。専門性は、経営層レベルのリーダーシップおよびクリエイティブな起業家精神にまでおよぶ。
中村昭子(なかむら・あきこ)
ELLE JAPON 副編集長。長年、女性のエンパワーメントを促すストーリーテリングの力に焦点を当てる、消費者向けメディアに勤める。日本の女性たちがファッションやライフスタイルのトレンドにどう影響を与えているか、またメディアが文化領域における女性の表象やリーダーシップをどのように形作っているかを探求。
モデレータ
Orietta Pelizzari(オリエッタ・ペリッツァーリ)
ビジョン戦略家/Mattori Studioの共同オーナー。異文化間ビジネスおよびラグジュアリー消費財を専門とする戦略家。イタリアファッション協会(CNMI)、ミラノ・ファッションウィーク、Lineapelleなどの機関と連携。彼女のプロジェクトは欧州、米国、アジア、南アフリカ、ラテンアメリカにまで広がっている。トレンド予測とグローバルな接続性を通じて、業界と市場を橋渡しする専門性を持つ。