約46億年前に地球が誕生して以来、微生物たちは生命の起源であり、動植物はもちろん、人類の体内でも重要な役割を果たしてきた。微生物のネットワークこそが自然環境と人とをつなぎ、その正常な営みが健康的な関係を支えてきたことは言うまでもない。

いま、闇雲な発展による分断の時代を経て、自然や循環への回帰が嘱望(しょくぼう)されるこの時代において、微生物と調和する暮らしこそがストレスの緩和を助け、自己免疫力の向上にもつながると語るのは、土壌微生物学者で農学博士の金澤晋二郎さんである。肥沃な土で形成された森林土壌は、地球温暖化を抑え、水源を保ち、健康な生命体を育む。約60年にわたる研究に基づく土壌微生物の知見から導き出された、ウェルネスでサステナブルな暮らしのメカニズムをチェックしてみよう。

たった18センチの土壌の力。知られざる地球の循環

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「地球上のあらゆる生命は、地球表面から18センチの土壌なしには成り立ちません」と金澤さんは説明する。「この薄皮のような層には微生物の餌となる葉や枝、草の根が集まり、微生物が炭素化合物を分解するのに最適な場所です。有機物を分解できるのは微生物のみであり、その過程で生じる炭酸ガスを植物が吸収して有機物を生成するため、炭酸ガスがなければ物質循環は始まりません」。

土壌の働きについて語る金澤さんは、続けて次のように警鐘を鳴らしている。「しかし、私たちがその重要性を十分に認識しないまま、日々の暮らしや産業活動を続けてきた結果、今、その貴重な土壌が大きな危機にさらされています」と。

さらに、現状の深刻さについて「昨今、地球温暖化による気候変動の影響もあり、土壌、特に表土が猛烈な勢いで失われています。たとえばアメリカのプレーリー(広大な草原地帯)のような肥沃な大地においても、1センチの土を作るのに本来500年を要するところが、現在ではその10倍以上の速さで世界中から表層度が失われています。これは極めて地球生態系にとっては危機的な状況です。土は流亡するのが早く、形成されるのが非常に遅いためです。この問題はアメリカに限らず、適切な対策が講じられていない中南米やアフリカにおいても深刻であり、砂漠化が着実に進行しています」と、語っている。

このように、食糧生産を担う土壌の劣化と損失は地球環境全体に深刻な影響を及ぼしているが、同時に、土壌には人間の心身の健康を支える力も秘められている。なかでも、微生物が豊かに存在する健全な土壌は、単なる農業資源にとどまらず、私たちの暮らしとウェルビーイングに密接に関わっているのだ。

土壌微生物がストレスを緩和してくれる

planting ginger tree and compost
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鹿児島で茶園土壌の研究の傍ら茶畑を作った金澤さんは、ある出来事を通じて、土壌微生物が人の心にも深く作用することを実感したという。引きこもりがちだった子どもが畑仕事を手伝うようになり、目に見えて元気を取り戻していく様子を目の当たりにしたのだ。

その体験を踏まえ、金澤さんは、「科学的にも、土壌に含まれる特定の微生物には抗ストレス効果が期待でき、免疫力を高めるとする論文が発表されています。微生物が生成した栄養価の高い土壌で育つ作物は滋養に富み、私たちの健康や免疫力の向上に資するものです。こうした土壌微生物の恩恵や、自然と調和した食生活の中に、現代社会におけるストレスを和らげる多くのヒントが隠されていると考えます」と語っている。

こうした微生物の恩恵は、農村や自然豊かな地域に限られた話ではない。実は、都会に暮らす私たちも、少しの工夫で微生物と共にある暮らしを始めることができる。日々の生活の中に、土や発酵、循環といった自然のプロセスを取り入れることで、心と体のバランスが整い、サステナブルな生き方にもつながっていく。

今日から始める! 土壌微生物と共存するサステナTIPS4選

そこでここからは、都会にいながらでも実践できる、土壌微生物とのつながり(取り入れること・守ること)を感じられる金澤さんおすすめのライフスタイルTIPSを紹介しよう。

【TIP1】コンポストをやってみる

man holding vegetable waste in container at home
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土壌微生物を生活に取り入れるアクション

マンション暮らしでもできる“菌との同居”テクニック として、発泡スチロールやプランターなどを使ってコンポストを始めてみるのはいかが。「たとえば、土に米ぬかやお米の研ぎ汁などを混ぜ、竹のパウダーや腐葉土をブレンドしてみてください。竹はイネ科の植物で、良質な炭水化物を豊富に含んでいるため、微生物がとても好んで食べるコンポストにも適した植物なんです」。

【TIP2】発酵食品を積極的に取り入れる

fermented food on white background
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土壌微生物を体に取り入れるアクション

私たちの体の中でも微生物は重要な働きを担っており、土壌との関係は「食」を通じてつながっている。金澤さんは発酵食品を暮らしに取り入れるTIPSを教えてくれた。

「微生物との暮らしを楽しむうえでおすすめなのは、麹を使った調味料です。米麹を使った塩麹や醤油麹のほか、玉ねぎ麹やレモン麹、ハーブ麹などもありますし、いろんな風味を楽しめますよ」。さらに続けて「中でも玉ねぎ麹は、和洋中どの料理にも合う優れものです。唐揚げや生姜焼きの下味に使ったり、スープやサラダに混ぜたりするだけで、味に深みが出て、とても美味しくなります。発酵させることで甘みや旨味が増すだけでなく、腸内環境の改善にもつながります」。

【TIP3】自然素材の衣類を選ぶ

t shirt made of 100% and hundred percent organic materials
Witthaya Prasongsin//Getty Images

土壌微生物を守るアクション

土壌を守るうえで、衣類の素材に注目することもひとつの選択肢である。「化学素材の衣類はほとんどが自然に分解されず、きちんと処理されなければ土壌に蓄積してしまいます。その結果、微生物の住処を壊してしまう原因になります。プラスチックによる土壌や海の汚染は深刻ですし、それが私たちの健康や食の安全にも関わってきているんです」と金澤さん。

一方、「オーガニックコットンやリネン、ウールなどの自然素材の衣類を選ぶことは、土壌中の微生物が分解可能な循環の仕組みをつくる行動のひとつです」と、金澤さんはおすすめする。「土壌微生物の健全な営みを守ることは、生命の基盤を支える土壌そのものを保全することにつながります。衣類の選択ひとつが、土壌とその中に生きる微生物たちの未来を左右するのです」。

【TIP4】オーガニックのお茶を選ぶ

fresh hot water for organic sage herbal tea at teatime.
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土壌微生物を守るアクション

日々の何気ない一杯のお茶も、土壌環境にとっては大きな意味を持つ。金澤さんは、お茶の選び方が土壌の健康を左右することを語る。

「窒素が多い科学肥料を使った茶葉は、土壌を強く酸性化させてしまいます。とくに茶樹は酸性の土に強い植物なので、たくさん肥料を吸収する分、土がどんどん酸性に傾いてしまうんですね。そうすると、土の構造が壊れて、アルミニウムなどの有害な成分が流れ出して、水質にも悪影響を与えてしまいます」。

続けて、この問題に対する具体的なアクションとして、「だからこそ、オーガニック栽培の選択が大切です。オーガニック栽培では化学肥料や農薬を使用しないため、土壌や水質の汚染を防ぎ、土壌微生物の多様性と健全な活動を守ることができます。さらに、微生物が活発に働く環境では茶樹本来の力が引き出され、結果として安全で質の高いお茶を持続的に生産することが可能となります」と、おすすめしている。

たった一杯のオーガニック茶を選ぶという行動が、土壌微生物をはじめとする生態系全体を守るきっかけとなり得るのである。


PROFILE
金澤晋二郎
 土壌微生物学農学博士、中国河南省科学院名誉教授、九州バイオリサーチネット研究会会長。 1942年北海道小樽市生まれ。 東京大学大学院農学系研究科修了。 鹿児島大学農学部助教授、九州大学大学院農学研究院教授を経て、2016年に金澤バイオ研究所を設立。近著に『土の本』(Pヴァイン)。

Pヴァイン 『「土」の本』

『「土」の本』